人生百年時代 仲 俊二郎(作家) 印西市在住
シニアといえば何やらハイカラに聞こえるけれど、何のことはない、年寄り、老人のことである。高齢者とも言うが、これはどうも語感が事務的で無味乾燥に響く。その点、年寄り、老人という言葉は、喜怒哀楽という人生の年輪を積んできた、人間の先輩としての重みをどっしりと背負っているように感じられ、深みと味わいがある。
私は80歳になるベテランのシニアだ。体の内側に山ほどの病気を宿している満身創痍のシニアだが、見た目はいたって元気である。ウォーキングをしたり、せわしくあちこちの医者へ通ったりして、肉体の弱点を根気よく補修、補強しながら、何だかだと活動している。そういう意味ではいわゆる健康体なのだ。
去年、何年振りかで高校時代の小さなクラス同窓会に出た。コロナ禍でもあり、出席者は十名余りで、おおむね男女半々。簡単な近況報告のあと、歓談に入ったとたん、場の空気が一変した。最初の遠慮し合うような、構えるような静かな緊張が一気に崩れ、60数年前の若い頃にあった、粗野で、もう互いに長所も短所も知り尽くした者たちがもつ猥雑な活気と親しみが室内にみなぎった。皆、己の80歳の老体を忘れ、十代の若者の心なのである。
ただ話題が当時とは徹底的に異なった。病気という一点に集中したのだ。誰もが競うようにして、自分の病気の説明に口角泡を飛ばした。学級では内気で非常におとなしかった某女子が、見違えるほどの雄弁さで、如何に自分の病気が重篤かをぶち、その変わり身に驚いた。高血圧、貧血、糖尿病、白内障、腰痛と、病名のオンパレードである。さながら同窓会は病気の自慢大会と化した。もちろん私も口角泡を飛ばした。
ところで話は変わるが、最近はテレビのCMを見ていると、健康に関するものが圧倒的に多い。昼食や夕食時に、うまいものを食べている時に限って、突然、尿洩れを防ぐパンツの宣伝や下痢・便秘の薬などのリアルな宣伝がアップで現れ、TPOも考えずにこれでもかとばかり長々と続く。また誌上ではシニアの加速度的増加が健康保険財政、ひいては国家財政を破綻させるという論評が増えた。それほどシニア問題は社会の関心を集めているのである。
実際、日本人の平均寿命は男性が81歳強、女性が87歳強まで延びた。健康上の問題で日常生活に影響がない健康寿命は、男72歳強、女75歳弱。平均余命を入れると、今65歳のシニアは男が85歳、女が90歳まで生きるという。急速に医療が進歩して、いきなり私たちは人生百年時代に突入した。こんな長寿時代を迎えたのは歴史上、初体験だ。どう生きればいいのか、どんな賢者も答えをもっていない。運命から死の宣告が下される日まで、ひたすら生き続けなければならないのである。
人間は他の動物と違い、自分はいずれ死ぬ運命にあるということを知っている。できれば健康体を維持しつつ、次々と襲ってくる病気、苦労、愛する人の死、災難、貧乏などの荒波と戦いながら、ささやかな楽しみを見出し、人生最後の大仕事である死を迎えたいと願う。では、そのためにはどうすればいいのだろうか。その方程式を次号以降で考察したい。
初出 月刊千葉ニュータウンNEWS 2021 五月号
仲俊二郎 略歴
一九四一年生まれ。大阪市立大学卒業後、川崎重工業に入社。長年プラント輸出に従事。営業のプロジェクトマネジャーとして、二十世紀最大のプロジェクトといわれるドーバー海峡の海底トンネル掘削機を受注し、成功させる。後年、米国系化学会社ハーキュリーズジャパンへ転職。ジャパン代表取締役となり、退社後、星光PMC監査役を歴任。主な著書に、『そうか、そんな生き方もあったのか』『竜馬が惚れた男』『凜として』『この国は俺が守る』『我れ百倍働けど悔いなし』『大正製薬上原正吉とその妻小枝』『サムライ会計士』(以上、栄光出版社)、『ドーバー海峡の朝霧』(ビジネス社)、『総外資時代キャリアパスの作り方』(光文社)、『アメリカ経営56のパワーシステム』(かんき出版)などがある。